ディズニー映画『モアナと伝説の海』の主題歌「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」のアカデミー賞授賞式のパフォーマンスを観てから、この曲が頭から離れなくなってしまいました。
「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」のような曲をミュージカルの世界では “I Want” ソングといいます。物語の比較的早い段階で主人公が自分の望みを歌う曲です。この “I Want” ソングがあることで、観客は物語が向かおうとしているところを理解することができ、主人公を応援しようという気持ちになるといわれます。ディズニーのミュージカル映画にはほぼ必ず出てきます。
数え切れないほどあるディズニー映画の “I Want” ソングの中で、『モアナと伝説の海』の「どこまでも」がこれまでの “I Want” ソングとどう違うのかについて、本作の作詞・作曲を手がけたリン=マニュエル・ミランダ自身がインタビューなどで話している内容をまとめてみます。
リン=マニュエル・ミランダは、「どこまでも」を歌うモアナというキャラクターの最大の特徴は、自分がいる場所や周りを愛していることだと各所のインタビューで話しています。リン=マニュエル・ミランダが『モアナと伝説の海』の「どこまでも」の話をするときは、 “pull” や “voice” という言葉を頻繁に使っています。日本語でいうと「引きよせる強い力」と「声」。「声」といってもこの場合は「心の声」です。
過去のディズニー映画の主人公たちは、その多くが自分の置かれた状況に対して何らかの「不満」や「不快感」を持っていました。例えば、大ヒット作『アナと雪の女王』で「生まれてはじめて」を歌うアナはお城の中での生活が退屈でたまりません。『ノートルダムの鐘』で「僕の願い」を歌うカジモドも大聖堂の中に閉じ込められています。(これまでにディズニー映画の主人公たちが歌った “I Want” ソングはどれが好き? – ディズニーミュージカル映画の “I Want” ソングで紹介しています。)
でもモアナは違います。自分の居場所が嫌いじゃないはずなのに、どうしても何かに引かれてしまう・・。ディズニーが本作に付けた「海に選ばれた16才の少女」というキャッチコピーからもうかがえるように、彼女の “I Want” は彼女の本能であり宿命からくるものだということを示唆していると思います。
リン=マニュエル・ミランダ本人の言葉を借りると、
The thing that resonated for me with Moana is she is not someone who hates where she is. Moana loves her family, she loves her island. She knows she’s got responsibilities and she’s ready to embrace them. And yet there is this voice inside her that says you’re not supposed to be here, you’re supposed to be somewhere else.
私がモアナにいちばん共感できるのは、自分がいる場所が嫌いじゃないところ。モアナは自分の家族を愛しているし、島のことも愛している。自分に役目があることもわかっているし、それを受け入れる心構えができている。それでも、彼女の心の中でささやく声があるんだ。「あなたはここにいるべきじゃない。あなたがいるべき場所が他にある」って。
Los Angeles Times, November 22, 2016
She loves her culture, she loves the role she plays; she’s grown to accept it and be proud of it. And yet there’s that pull. […] To me that’s much more complicated than, ‘I hate it here and I want to get out.’ […] To say, ‘I love it here, I love my parents, but why can’t I stop walking to the ocean and fantasizing about getting out of here?’ And questioning that instinct? It’s even more confusing. And that’s a valid story too. It’s internal, and I think internal is interesting.
彼女は自分の文化やそこでの自分の役割を愛している。それを受け入れて誇りに思えるように育った。それでも何かが彼女を強く引っぱっている。(中略)それは「ここが嫌だいから出て行きたい」よりもずっと複雑だと思う。(中略)「ここが大好きだし両親も大好き。それなのに海へ向かって歩いてしまい、ここを出る空想にふけるのをやめられないのはなぜ?」とその衝動に疑問を投げかけるのはもっとややこしい。でも、それもちゃんとしたストーリーなんだ。内面的なものだけど、私は内面は面白いと思っている。
People, February 24, 2017
リンはこの作品の “I Want” ソングを書くとき、最初は「Let It Goを書いちゃダメだ、Let It Goを書いちゃダメだ・・」とピアノに向かいながら悩んでいたそうです。そのときにリンは以下のように考え、今回の「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」にたどり着いたそうです。
just double down on what does your character want? What makes her unique and what makes her very specific?
自分が描こうとしているキャラクターがほしいものは何なのか。それに賭けるんだ。彼女にしかないものは何なのか。何が彼女を特徴づけるのか。
KCBX, February 10, 2017
音楽に選ばれた37才の作曲家リン=マニュエル・ミランダ。「どこまでも 〜How Far I’ll Go〜」そして『モアナと伝説の海』が彼の作品に仲間入りしました。