最近流行の客席融合型の作品。すごい!本格的!!!今までの観劇体験とはひと味もふた味も違う体験ができました。あらすじや登場人物紹介はこちらに書きましたので割愛。
客席融合型作品とは、舞台と客席との間の壁を取り払い、客席も舞台の一部として作られた作品で、英語では「イマーシブ・プロダクション(immersive production)」や「イマーシブ・シアター(immersive theater)」と呼ばれます。2017年にオフブロードウェイで開幕した『スウィーニー・トッド』のリバイバル公演もこの類いで、ちょっとした流行になっています。
『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』は、ブロードウェイミュージカルとしては2016〜2017年シーズンの新作ですが、すでに結構長い歴史のある作品です。2012年にArs Novaという87席の劇場で上演され、その当時から出演者が観客の周りや間を縫ってパフォーマンスをするという客席融合型スタイルが注目されていました。2013〜2014年にはマンハッタンのミート・パッキング・ディストリクトとミッドタウンの仮設テントで食事をしながら観劇するというスタイルで上演。その後、2015〜2016年にかけてマサチューセッツ州のケンブリッジで現在のブロードウェイ公演に近いステージングのトライアウトが行われ、2016年11月からブロードウェイのインペリアル劇場で現在の形で上演されています。2012年の公演時から新しいことを次々に試しながら進化してきたため、初期段階のプロダクションを観た人に言わせるとブロードウェイ公演は「すごく変わった」そうですが、客席融合型というコンセプトはずっと受け継がれています。
「キャストがちょっと近くに来るだけでしょ?」なーんて日本でよくある客席降りや劇団四季の『キャッツ』を想像するのは大間違い。劇場そのものが演出の一部になっていて、超非現実な空間の中でパフォーマンスが繰り広げられます。現在行われているブロードウェイのインペリアル劇場の中はこんな感じ。ここ、少し前まで『レ・ミゼラブル』リバイバル公演が上演されていた劇場です。
上の写真は2階席(メザニン席)からの眺め。一応ステージの方向を見ていることになりますが、「ステージシート」と呼ばれる席に観客が座っていて、もはやどこがステージなのかわかりません。どこに座っても一度に全部は観られない!(座席の解説はプレイビルのサイトが詳しいです。)オーケストラとのはっきりとした境目もなく、キャストがオーケストラピットに降りることも。この超個性的な空間は装飾のためにあるわけではなく、ちゃんと通路や階段を活かして劇中の各場面が展開されます。
私が座ったのは通常の1階席(オーケストラ席)でしたが、数席おきに小さなテーブルが置いてあって、ラグジュアリーな雰囲気。ドリンクやプレイビル(プログラム)も置けてしまう。
さらに、その空間を照らすのは独創的な照明。天井からは細かい電球が降りていて、シャンデリアのようにも星空のようにも見える。また、普通の作品であれば客電は落として上演しますが、この作品はシーンによっては客電の一部や全部を完全に落とさずに進行します。客席にあるライトにも工夫が。例えば、テーブルの上に置いてあるランプまでもがシーンによっては点滅します。
開演するといきなり客席中でキャストが観客に絡み始め、運がよい人は小さな箱が貰えます。中身は「ピエロギ」という食べ物だという噂。その後も、キャストがステージ席の観客の近くに座ったり、カウンター席の観客に手紙のリレーを頼んだりと、楽しい演出が盛りだくさん。さらに、2幕のあるナンバーでは、観客の一部にマラカスのような音が出るエッグシェイカーが配られ、もらった人は演奏参加を求められます。振って満足するためだけのものかと思いきや、カシャカシャと結構元気のよい音が出て、演奏の一部としてちゃんと機能していて感動しました。
キャストのクオリティも高いです。ジョシュ・グローバン、デニー・ベントン、ルーカス・スティールがそれぞれトニー賞の主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞にノミネート。
ナターシャ役のデニー・ベントンは可憐で情熱的。この役、カジノ劇場までは『ハミルトン』で主演女優賞にノミネートされたフィリッパ・スーが演じていた役で、ハードルが高そうだな・・と思っていましたが、デニー・ベントン、よかったです。特にアナトールとのバランスが優れているように思いました。
ピエール役のジョシュ・グローバンは本作がブロードウェイデビュー。2曲目 “Pierre” では歌手ならではの圧倒的な歌声に興奮しましたが、その後の演技も役にも作品にもハマっていました。ピエールは人生に疲れてしまった哲学者。妻は不誠実だし、なんというかちょっと惨めな役なので「なんでわざわざこの役でブロードウェイデビューするの??」と思っていましたが、全く浮くことなくどっしりと演じていてビックリ。集客への貢献が最も期待されるところだったのではないかと思いますが、キャスティングのセンスもご本人の役者としてのセンスも、とてもよい思いました。
アナトール役のルーカス・スティール。彼は衝撃でした。入ってきただけで空気が変わる。ルーカス・スティール自身、そのことをこちらの本(この記事の末尾でも紹介します)で「アナトールのマジック」と表現しています。アナトールは「お酒と女に金を使う」という歌詞の通りのとんでもない超悪男で、いわばこの作品の毒。ポイズンです。高音の見せ場もあって大変な役ですが、格好良くセクシーに演じていました。トニー賞ノミネート、嬉しいです。
ソニヤ役のブリテイン・アッシュフォード。彼女は “Sonya Alone” という素敵なソロナンバーを持っています。『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』は全編歌唱の作品なので何十曲ものナンバーがありますが、彼女が歌ったこの曲ははっきりと印象に残りました。曲そのものも素敵なのですが、それをあんなに細かいニュアンスで歌える人がいるなんて・・。もともとは音楽活動をしていた人で、ミュージカルへの出演は本作が初。作詞・作曲・編曲のデイヴ・マロイ繋がりでオーディションなしでキャスティングされたそう。今後もミュージカルを続けていくかどうかはわかりませんが、応援したいです。ちなみに、ブリテイン・アッシュフォードとルーカス・スティールは、2012年のプロダクションから現在のブロードウェイ公演まで、すべてのプロダクションに参加しているキャストです。
その他のキャストもハズレなし。助演キャストに長く演じている人が多くて、抜群の安定感でした。
『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』は、「感動」よりも「体験」のための作品だと思います。ストーリーに深く感動したかといわれるとかなり疑問ですし、楽曲も複雑なので気軽にリピートはしていません。賛否が分かれやすい作品で、「興味がない」と言い切る人や「訳が分からなくてつまらなかったから途中で帰った」という人がいるのも理解はできます。すごい投資額だっただろうに、ここ最近はtkts 50%オフの常連。トニー賞12部門ノミネート後でもtkts 50%オフになっている日を見かけます。「ジョシュ・グローバンがいなくなったらどうするの?」なんていう声がすでに聞こえてくるくらい・・。でも、劇場体験としては間違いなくレアであり、あの空間でキャストが歌って踊って絡んでくれるのを単純に楽しめれば、かなり満足できる作品だと思います。「普通の作品とはちょっと違う」ということを念頭に置いた上で、ブロードウェイミュージカルの新たな方向性を感じるために観劇することをおすすめします。
最後にお土産。
私は普通のオーケストラ席の、しかも通路側でもないところに座っていましたが、とてもラッキーな場所だったようで、ピエロギもエッグシェイカーもゲット!でもピエロギは、手を挙げていた後ろの方に向かって投げられたものがコントロールミスで私のところに飛んできてしまったと思われたので、その方に差し上げました。よって写真なし・・。で、エッグシェイカーがなぜ2つもあるのかというと、お隣の方の分をいただいたから。開演前や休憩中にずっとお話ししていた素敵な方が、帰り際に「これ欲しい?」と差し出してくださったので、お言葉に甘えていただいてしまいました。ちょうど色違いです。カジノ劇場版をご覧になったことがある方だったので、そのときのお話などをたくさん聞かせてもらい、これもまたいい思い出に。
ちなみに、後ろに移っているのは『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』の本です。劇場ロビーでも売っていましたし、Amazonでも購入可能です。ハードカバー、フルカラーで200ページ以上。2つのパートがあって、前半はキャスト・クリエイティブのエッセイで後半は解説・脚注付きの歌詞が載っています。エッセイを寄せているのは脚本のデイヴ・マロイをはじめ、演出、装置、照明、振付などほぼ全員のクリエイティブスタッフと、キャストの中からデニー・ベントン、ジョシュ・グローバン、ルーカス・スティールとフィリッパ・スー。写真が盛りだくさんで、舞台写真や稽古風景はもちろん、ブロードウェイ公演より前の公演からの写真や、セット模型の写真までありました。めくっているだけでも楽しいです。
左:ブロードウェイ版CD
右:書籍
2016〜2017年シーズンのブロードウェイ感想一覧はこちらへ。