笑って、泣けて、目も耳も満足する。そんなミュージカルがまた一つ誕生しました。トニー賞で作品賞を含む7部門にノミネートされている『恋はデジャ・ブ』。
「劇場を大改造」とか「主役を置かず」とか「SNS社会を生きる若者を題材に」とか、そういう強い売りのない作品で、トニー賞作品賞にノミネートされている4つの新作の中では注目度は低いかもしれませんが、観てみたら大満足の作品でした。
感想に入る前に少しだけ作品について紹介。原題はGroundhog Day(グラウンドホッグ・デー)。1993年のアメリカのコメディ映画が原作で、お天気キャスターのフィルがアメリカのペンシルバニア州の田舎町にグラウンドホッグ・デーという祝祭の取材に行き、そこで同じ日が延々と繰り返されるという現象に見舞われるという話です。
ミュージカル『恋はデジャ・ブ』はウェストエンドで2016年に期間限定で上演されており、2017年ローレン・オリヴィエ賞で8部門にノミネート。作品賞と主演男優賞を受賞しました。オリヴィエ賞で主演男優賞を授賞したアンディ・カールがブロードウェイ公演でもオリジナルキャストを務めています。トニー賞では作品賞を含む7部門でノミネート。
何が気に入ったか。
フィル役を演じる主演のアンディ・カール(Andy Karl)。トニー賞を獲れなくても彼の代表作として語り継がれると思います。同じ日を繰り返すなんて途中で飽きてしまいそうな話も、彼が演じるフィルがどんどん変わっていくので飽きるどころかやみつきに・・。ナルシストで全然共感なんてできないだろうと思っていた主人公をいつの間にか心のどこかで応援し、2時間半一緒に旅をしたような気分でした。相手役のリタを演じるバレット・ドス(Barrett Doss)も、強いだけでなくチャーミングで素敵だったなぁ。
クリエイターチーム。ストーリーも音楽も美術も、ジグソーパズルがピタッとはまったような気持ちの良さ。演出のマシュー・ウォーチャスは天才。計算し尽くしているらしいです。
まず、ダニー・ルービンの脚本そのものがシンプルでよいテーマを持っている。コメディだと聞いて気軽に観に行きましたが、意外にも琴線に触れる作品だった。インタビューでのマシュー・ウォーチャスの言葉を借りると、 “be the best version of yourself” (最高のバージョンの自分であれ)。マシュー・ウォーチャスは映画がとても面白くて笑ったそうですが、ミュージカルになると思ったのは、面白いだけでなく考えさせられる作品で、時に泣かされたからだと言っていました。現実の世界では時間が限られているからこそ、同じ日を繰り返し生きるフィルから学ぶことがある。誰もが平等に与えられる「時間」という普遍的なテーマが流れています。私は映画を観ていない状態で観劇したので、映画のアダプテーションとしてどうなのかということはわかりませんが、とても楽しめました。
ティム・ミンチンの楽曲。ちょっと変わっている曲もあるけれど、ムードメーカーな曲たちで私は好きです。この作品では主役のフィルもたくさん歌うのですが、 “Playing Nancy” や “Night Will Come” など、周囲の人間たちもよいナンバーをたくさん持っています。プロモーション動画でほぼ必ず流れる “If I Had My Time Again” をメインで歌っているのも相手役のリタ。フィルの周囲の人たちが大切なことをたくさん歌っていて、フィルはその人たちから学んで成長していくようなイメージです。フィルと同じ気持ちで聞ける曲が多いというのがいいなと思いました。
遊び心が満載の舞台装置。アイディアに富んだセットや小道具が次々と出てきて、舞台を眺めているだけでワクワク。ブロードウェイ上演のための最近の投資額は1,200万〜1,500万ドルが多いといわれる中、『恋はデジャ・ブ』の投資額は1,750万ドル。実はとても高価な作品です。プレビュー中にターンテーブルの故障を繰り返したという話を聞いて、なんか難しいことをやってそうだな・・と思っていましたが、凝っている!派手とか豪華とかという感じではないのですが、引き込まれました。マシュー・ウォーチャス曰く、この作品のほっこりする魅力を失わないよう、敢えてテクノロジーをひけらかさないようにしているのだそう。そういうところ、好きです。
物販スペースも可愛らしかった。
オリヴィエ賞受賞作とはいえ、ブロードウェイでは前哨戦の結果が全然振るわなくて心配していましたが、ここ一番のトニー賞で作品賞を含む7部門のノミネートを得ることができてよかった。2016〜2017年シーズンは「強い何か」を持った作品が多いので、なんとなく受賞は全部持っていかれてゼロになってしまう予感がしますが、『恋はデジャ・ブ』はノミネート作の中で最も総合力の高いアーティスティックな作品だと思います。埋もれさせるにはもったいない!個人的にはかなりオススメです。
最後に余談を。素晴らしいパフォーマンスを見せている主演のアンディ・カールは、開幕3日前のプレビュー公演中に前十字靱帯を損傷しました。「開幕できないよ・・」「アンディは?」「トニー賞選考委員会に特例措置を要求すべき!」などとファンが心配する中、なんと開幕日に復帰し、その数週間後には週8回すべての公演をこなすように。
一部のシーンでサポーターが見えたときは、無理せず休んでほしいという気持ちになりましたが、やっぱり彼が演じるフィルはこれ以上ないくらい素晴らしくて、舞台に立っていてくれることに心の底から感謝しました。ちなみに、演出の都合上、アンディ・カール以外のキャストがフィルの格好をして出ている場面がありますが、偽フィルもちゃんとサポーターを付けているのだとか・・。素晴らしいチーム力です。
以下は怪我したときのことを話している動画。一度は舞台の進行がストップしたものの、「ほとんどラストに近い場面で、どうしても最後の “Seeing You” を観客に聞いてほしかった」ため、もう一度出てきて最後まで歌ったそうです。そのときのことを「自分が再び出て行ったとき、観客とキャスト・クルーが温かくて、今でもそのときのことが忘れられない。(中略)今まで演劇をやってきた中で最高の経験だった。最悪の経験でもあったけど」と話しています。
応援したくなる人。いつか必ずアンディ・カールにトニー賞受賞のチャンスが回ってきますように・・。
2016〜2017年シーズンのブロードウェイ感想一覧はこちらへ。