リンカーンセンターの『マイ・フェア・レディ』のリバイバル公演。一言でいうと、何から何までセンスの良い、ハイクオリティなプロダクションでした。
2017-2018シーズンに開幕したミュージカルの中ではトップ人気の作品の一つ。直前のキャンセルを狙ってオーケストラ席5列目のサブセンターを購入。手数料を入れてちょうど$200ドルくらいでした。
ブルーを基調とした絵画的でシックなポスター。劇場は数年前に改装されたばかりのリンカーンセンターのビビアン・ビューモント劇場。複数のホールやシアターが集まっている総合芸術施設の一角にあります。ブロードウェイの劇場が密集している40th〜50thストリートからは少し離れたところにあり、ニューヨーク市内ではラジオシティ・ミュージック・ホール、メトロポリタン歌劇場に次いで3番目に大きな舞台スペースを持つ劇場です。
今回の『マイ・フェア・レディ』リバイバル公演は、当初Nederlanderという会社が有する通常の劇場で上演しようとしていたらしいのですが、お金がかかりすぎて難しかったため、非営利団体のリンカーンセンターでの上演の可能性が浮上したのだそう。
しかし、『マイ・フェア・レディ』のリバイバル公演をやりたい商業団体はいくつもあって、上演するためには版権を勝ち取らなければならないという問題が。版権元としては非営利団体のリンカーンセンターよりも商業団体に上演してもらったほうが利益が出る可能性が高いのですが、リンカーンセンターは過去に『南太平洋』と『王様と私』のリバイバルを成功させていることが後押しになって、リンカーンセンターで上演する運びとなったそうです。(ちなみにNederlanderも共同プロデューサーとして参加しています。)
さて、今シーズンの『マイ・フェア・レディ』リバイバル公演ですが、プロモーション用の舞台映像であまり多くのシーンを出していないので、主催者の「劇場で観てほしい」という意向をある程度感じます。盛大なネタバレはしませんが、装置がどう動くとか、演出の意図などの多少具体的な点にも触れますので、プロモーション動画以上のネタバレは絶対に避けたいという方は、観劇後に戻ってきてください。
冒頭で触れたとおり、ビビアン・ビューモント劇場の舞台はとても広いです。場内に入った時点で、幕の前に半円形にせり出した部分(この下にオーケストラピットがあります)がすでに見えています。そこに1本の街灯と鞄が。「あぁ素敵」と思わず溜め息。多くのシーンではこの半円形のせり出した部分もめいっぱい使うので、劇場が大きいわりに舞台との近さが感じられます。劇中、イライザが身に付けていた指輪を投げるシーンで勢い余って客席へ飛んでいってしまうというハプニングがあったくらい。せり出した半円の部分の周りには壁がないので、ちょっと方向を間違えたり力を入れすぎたりすると客席に飛んでいってしまうんですね。指輪は最前列の紳士がキャッチしておられました。
一方、幕の後ろはターンテーブルを設けた大きな舞台があって、360度になっているヒギンズ教授の家を後方から出してきてターンテーブルの上に乗せて回す、というのが今回の『マイ・フェア・レディ』リバイバル公演の舞台装置の見どころの一つになっています。家は4つに仕切られていて、あるシーンではその内の一角だけが見えるように停止させ、また別のシーンでは全部を活かして回すのです。とにかく、劇場の特性を活かした遠近の使い分けや場面転換が見事でした。
演出と舞台装置は他にも色々と凝っているところがあって、2幕の冒頭にはオーケストラを一時的に引っ越しさせ、舞台上で演奏させるというこれまた粋なこともやっています。(このシーンはオケが鳴るだけで拍手が起こりました。)オーケストラが舞台上で演奏する作品は珍しくないですが、この『マイ・フェア・レディ』という作品で、しかもここか!というタイミングに絞ってオケを全面に出してくるので、「さすが〜」と唸ってしまいました。こういうさりげないことをサラッとやってのけるのが、本当にすごいと思う。
また、舞台美術と衣装は、この作品のテーマの一つである身分の差を表現するのに重要な役割を担っています。最初の頃にコヴェント・ガーデンで花を売るイライザはリアルに地味(それでもセンスがいいのだけれど)で、でもだからこそ舞踏会のようなシーンが映える。イライザは物語が進行する過程で何度も何度も着替えますが、少しずつ少しずつ衣装もグレードアップしていきます(衣装はキャサリン・ズーバー)。花を売っていたイライザが立派なレディになってコヴェント・ガーデンに戻ってきたとき、そのミスマッチさ具合になんとも複雑な気持ちになりました。
演出家のバレット・シャーは、今回の『マイ・フェア・レディ』リバイバルを演出するにあたり、1938年の映画『ピグマリオン』を意識したそう。バレット・シャーはこの映画でのイライザ(ウェンディ・ヒラー)とヒギンズ教授(レスリー・ハワード)のイメージを持っていたため、2人をできるだけ対等に見せたくて年齢差があまり大きくならないように配慮したそう。したがって、今回のリバイバル公演のイライザ(ローレン・アンブローズ)とヒギンズ教授(ハリー・ハーデン=ペイトン)を過去のイライザやヒギンズ教授と単純に比べてしまうと、「イライザってもっと若くなかったっけ?」「ヒギンズ教授ってこんなに若かったっけ?」と困惑する人もいるのではないかと思います。
私も最初はビックリした人の1人です。私が観たことがある『マイ・フェア・レディ』は2001〜2003年のロンドンリバイバル公演。その時のイライザは、なんとローラ・ミシェル・ケリーでした。当時20歳くらい。若くて怖いもの知らず。華やかな容姿と歌声。ちなみに、彼女はこの公演で絶賛されたことにより『屋根の上のヴァイオリン弾き』でブロードウェイデビューし、その後『メリー・ポピンズ』のメリー・ポピンズ役オリジナルキャストに抜擢されました。
今回のブロードウェイリバイバルでローレン・アンブローズが演じるイライザは、当然のことながら20歳のイライザではありません。比べるのも馬鹿らしいほど別路線を行っています。ブロードウェイ作品への出演自体が10年以上ぶりでミュージカルはあまりやらない人なので、「歌えるの?」なーんて言われていましたが、歌えます。オーディションによるキャスティングだったそうで、何曲も歌って何十ページの台詞を読んだ上で決まったのだったそう。
ヒギンズ教授にキャスティングされているハリー・ハーデン=ペイトンは主にイギリスで活動している映像系の俳優。演出のバレット・シャーは、映画『ピグマリオン』のレスリー・ハワード演じるヒギンズ教授が後半であれよあれよと崩れていくのが印象に残っていて、そのイメージでハリー・ハーデン=ペイトンをヒギンズ教授に選んだそうです。ハリー・ハーデン=ペイトン演じるヒギンズのダメさ加減は、私には恐らく演出の意図通りに伝わってきて、2幕はヒギンズ教授の言動をウズウズしながら見守っていました。ロンドンのリバイバル公演を観たときには全然こんな気持ちにはならなかったのに。
助演もノーバート・レオ・バッツ(ドゥーリトル役)、アラン・コーデュナー(ピッカリング大佐役)、ダイアナ・リグ(ヒギンズ婦人役)と素晴らしいキャストを揃えており、抜群の安定感がありました。ダイアナ・リグなんて、あんなに少ない出番なのにものすごい存在感だったもんなぁ・・・・・・。カンパニーが全体的に落ち着いている印象を受けたのは、お芝居を得意とする人が多かったからかも。
3時間近くの長丁場。久しぶりに観て、改めて大作だなぁと思いました。口ずさみたくなるような楽曲がたくさん出てくる一方で、男女の差、貧富の差というテーマを含んでいる『マイ・フェア・レディ』。その時代に響くように手掛けるのがバートレット・シャー流。色々と知れば知るほどもう一度観たくなるようなリバイバルでした。