『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』が日本で幕を開けました。回数を重ねてこれからどんどん良くなっていくと思いますが、作品の紹介と現時点での日本版の感想を。
出演者は9人。みんなシャツやジーンズ姿で舞台に立っていて、大がかりなセットや仕掛けもほとんどありません。シアタークリエという劇場の大きさはこの作品に相応しく、キャスティングも悪くないと思います。
ブルース役の吉原光男さんは役作りに関しては完璧といっていいくらいブルースをものにしていましたし、大人のアリソン役の瀬奈じゅんさんも全体を握って動かす役として機能していました。大学生時代のアリソン役の大原櫻子さんはピッタリだったなぁ。お芝居が最高に上手。ヘレン役の紺野まひるさんも雰囲気バッチリ。子役の3人はそれぞれダブルキャスト。初日に小学生時代のアリソンを演じた笠井日向さんは、背も声も大きくてしっかり者。力強い “Ring of Keys” を聞かせてくれました。クリスチャン役は楢原嵩琉くん。マイペースな癒やし系。良い味出してました。ジョン役の阿部稜平くんは “Come to the Fun Home” で見せ場があります。盛り上がるようになるといいね!
この作品はやはり大人のアリソンが自分の過去を振り返りながら進んでいくというスタイルに特徴があり、そこが面白いところだと思います。これからチケットを買う方、買い足される方がいらっしゃったら、舞台から少し離れた席からも観てみると、大人のアリソンが過去の自分や家族にどのように反応してどのような眼差しを向けているのかがわかって面白いと思います。
初日は劇中の拍手・手拍子は少なめでしたが、カーテンコールでは2回目でほぼ総立ちになりました。ただ、ブワーッと湧く感じではなかったし、劇場を出るとき泣いている人は意外と少なかった印象です。初日は招待客や関係者も多かったと思われるので、この作品が日本の観客にどのように響いているのか、まだちょっとよくわかりません。
ここからは『FUN HOME ファン・ホーム』の客観的な評価について。
日本でもよく知られるようになったトニー賞。『FUN HOME ファン・ホーム』は2015年に作品賞、脚本賞、楽曲賞、演出賞、主演男優賞の5部門を受賞しています。作品賞、脚本賞、楽曲賞という作品の肝となる部門が揃っているのがすごいところ。2019年に劇団四季が上演を決定している『パリのアメリカ人』と競ったシーズンでした。
『FUN HOME ファン・ホーム』はオフ・ブロードウェイ上がりの作品なので、オフ・ブロードウェイ時代も含めると、さらに多くの賞を受賞しています。オビー賞、アウター・クリティクス・サークル賞、ルシル・ローテル賞等々。つまり、誰かの目に留まり、もっと多くの人に観てもらうべきだと思われて道が開けた作品です。
また、この作品は米国コロンビア大学が主催するピューリッツァー賞のファイナリストにも選ばれています。ピューリッツァー賞は、演劇やミュージカルに特化した賞ではなく、新聞、雑誌、オンラインジャーナリズム、文学、作曲などの分野で顕著な功績を残した個人や新聞社等の組織に送られる賞で、大変権威のある賞。戯曲部門(Drama)という部門でミュージカル作品が選ばれることがあります。『FUN HOME ファン・ホーム』は受賞には至りませんでしたが、2014年の最終選考(ファイナリスト)に残りました。ミュージカル作品が受賞もしくはファイナリスト入りすることは珍しく、受賞作は数えるほどしかありません。過去のに受賞・ファイナリスト入りしたミュージカルをこちらで紹介していますが、『コーラスライン』 (1976)、『レント』 (1996)、『ネクスト・トゥ・ノーマル』 (2010)、そして『ハミルトン』 (2016)が受賞したと説明するだけで、どういう賞かわかる人はわかると思います。
私は『FUN HOME ファン・ホーム』が日本で上演されると聞いたとき、とても嬉しかった反面、誰にどうアピールすればその魅力が理解されるのか、少々不安にも思いました。日本の観劇人口は増えているとはいえ、『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』、そしてディズニーミュージカルにしか興味を持たない人も多い。さらに言うと、特定の俳優を応援するという客層が多いです。だからかどうかはわかりませんが、実際、『FUN HOME ファン・ホーム』の前売りは完売からは程遠い様子でした。
初日を観終わった感覚としては、やはりこの作品は今の日本で万人に勧められる作品ではないのかもしれないという気持ちもあります。でも、まだ結論を出すのは早いし、本当に芸術やシアターが好きな人にはやっぱり勧めたい。「楽しかった」ではなく「貴重なものを見た」という感覚がわかる人に。この作品は「エンターテイメント」というよりも「アート」と表現したほうがしっくりきます。ブロードウェイではその高い芸術性が評価されており、私もこの作品の価値はそこにあると思います。人気・不人気、ロングランといった指標では語れない作品。そういった作品を観てみたいと思う人には、是非ご自身の目で確かめていただきたいです。
最後にブロードウェイ版との違いについて。私は数年前にブロードウェイ版を観ましたが、今回の日本語版はブロードウェイ版とは色々な意味で異なると感じました。見るからに異なる点もあれば、客席に座っていて「あれ?」と感じるような感覚的な違いもありました。個人的にはブロードウェイ版を観たときの感動が忘れられず、やっぱりブロードウェイ版が好きです。でも、脚本(リサ・クロン)と音楽(ジニーン・テソーリ)、そしてアリソン・ベクダルの感性は日本版からもちゃんと感じることができ、たくさんの日本の観客の心に届くといいな、と思います。
ブロードウェイ版のことを少し振り返ってみましたので、興味があればこちらからご覧ください。