2017年12月にブロードウェイで開幕した『スポンジ・ボブ/スクエアパンツ』。もはや発明といえるような作品。トニー賞12部門ノミネート。
この作品でいちばん良いなと思ったのは、舞台ならでは『スポンジ・ボブ』の世界をブロードウェイスケールで本気で作り上げているところと、そこにハートがあるところ。創造力を結集して作られた心温まるこのミュージカルをすべての人におすすめしたいです。
『スポンジ・ボブ/スクエアパンツ』(以下『スポンジ・ボブ』)を上演しているパレス劇場は、タイムズスクエアにあるTKTSから見えるところにあります。
手荷物の検査を終えて劇場の中に入ると、まずはグッズ売り場とバーがあります。グッズ売り場の名前はBikini Bottom Boutique(ビキニ・ボトム・ブティック)という物語の舞台となる町の名前になっていて、そんなところも凝っています。
客席に入るとそこは海の中。なんか、すごいの作ったなーーーーー!!もちろん良い意味で。(笑)
ボックス席にはビーチ用の椅子やらTシャツやらいろんな物が置いてあって、ラッパを吹いている人も!客席では普通のカーテンの代わりにメタリックテープがひらひらしています。開演前からビキニ・ボトムの世界を楽しむために、劇場へは少し早めに行くことをオススメします。
なお、開演までは写真を撮っても問題ないようで、本編が始まる直前にキャストの自撮りで記念撮影をした後、「上演中の撮影NG」と「携帯の電源を切ってね」のアナウンスがありました。
オープニングはいきなりフルカンパニーによる「ビキニ・ボトム・デー」。ミュージカルらしさ全開の曲に合わせて色々なキャラクターが出てきます。
といっても、誰も着ぐるみやヘビーなメイクは身に付けていません。例えば、スポンジ・ボブは黄色いシャツに赤いネクタイ、チェックのパンツを履いてサスペンダーをしたら完成。主要なキャラクターをアニメと舞台で対比している動画があるので、興味がある方は見比べてみてください。
印象的なのは、なんといってもスポンジ・ボブ役のイーサン・スレイター(トニー賞主演男優賞ノミネート)。子どもにも大人にも受け入れられるチャーミングなスポンジ・ボブで大好評。小柄な身体でダンスとアクロバットをこなしながら何曲も歌います。
イーサン・スレイターは本作がブロードウェイデビューですが、ブロードウェイ開幕までの彼の準備期間は約5年。イーサンが最初にこの『スポンジ・ボブ』ミュージカル化プロジェクトに参加したのは大学2年と3年の間だったそうですが、当時はミュージカル化しようとしていることすら彼自身はよくわかっていなかったそう。台本も楽曲もなく、ブロードウェイなんて考えもしなかった。版権元のニコロデオン社も、「ブロードウェイで『スポンジ・ボブ』のミュージカルを上演することに決まった。さて、どうやろう?」ではなく、「いいものができたら次のステップに進む」という方針だったそう。ニコロデオン社という巨大なバックがあるため「お金」の臭いのする作品かもしれませんが、かなり真剣に作られています。
元々レスリングをやっていたイーサンは、身体能力は高かったけれどバク転のやり方は知らない、といった感じだったそうで、いろいろなレッスンを受けながら本当に5年かけて彼自身のスポンジ・ボブを作ったそう。しかも、その5年間を「長かった」ではなく、「本当にスポンジ・ボブが自分に入ってくるまでにはそれだけの時間が必要だった」と言うんです。今回のスポンジ・ボブのような役やイーサンのようなオリジナルキャストは本当に本当に貴重。
それから、イカルド役のギャヴィン・リー(トニー賞助演男優賞ノミネート)。足が2本くっついたズボンをはいて4本足に見せています。階段が上れないくらい重いらしいのですが、それを履いたまま舞台上で歌って踊って、I’m Not A Looserというナンバーではタップダンスまで!
その他、パトリック役にダニー・スキナー、サンディ役にリリー・クーパーなど。アンサンブルもそれぞれ役があって異なる衣装を着ているので、楽屋口では “Who were you?” (誰を演じてたんですか?)という会話で盛り上がる一場面もありました。
カイル・ジャロウの脚本はアニメの特定のエピソードに基づくものではなく完全なオリジナル。アニメのファンが見たときに「あ!あれだ!」とわかるように作っている部分もあるそうですが、アニメを全く見たことがない人でも問題なく楽しめます。色々なキャラクターが出てきて忙しく、ストーリーが多少まとまっていない部分はありますが、1人1人を大事に扱ってフィーチャーした結果だと思うと、許せてしまいます。(カーテンコールでも珍しく全員が1人ずつ前に出てきてのお辞儀でした。)
演出はティナ・ランドー。これだけカラフルでスペクタクルなミュージカルでありながら人間味のある仕上がりになったのは恐らく彼女の力。
楽曲は複数のソングライターから提供されている珍しいスタイル。エアロスミスやシンディー・ローパー、ジョン・レジェンドなどが参加しています。演出のティナ・ランドーは、『スポンジ・ボブ』というカラフルで賑やかな作品を考えたときに、同じ人にロックからカントリーまで色々な曲を書いてもらうより、それぞれ一番得意な人に書いてもらったほうがいいんじゃないかと思ったそうです。たくさんの人気アーティストが参加していますが、彼女が声を掛けたところ、なんと皆スポンジ・ボブが好きで快諾してもらえたとか。
ミュージック・スーパーバイザー/編曲はトム・キット。これだけ多くのアーティストが関わっているため、各アーティストのテイストを失わないようにしつつも全体としての一貫性を保つのは相当大変だったはず。また、彼自身も場面転換など劇中の多くの部分を書いているそうです。
振付はクリストファー・ガッテリ。「4本足のタップを振り付けたことは一生忘れない」とのこと。
そして、「こんなの見たことない!」という世界を見せてくれた美術チーム。装置デザインと衣装デザインはデヴィッド・ジン。照明デザインはケヴィン・アダムズ。
特に装置に関しては、アナログな物を多く取り入れているので、いかにも「すごいでしょ!!」という感じがなくて親しみがわきました。子どもが遊びで使いそうなものがあっちにもこっちにも・・・・・・。ドッカンドッカンとマジックを繰り返すのではなく、可愛らしいものは可愛らしく、面白いものは面白く作ってあって、とても好感が持てました。
「これは観た方がいいよ」と言われ、半信半疑で観劇した『スポンジ・ボブ』。想像をはるかに超える出来でした。2,000万ドルの制作費は決して無駄ではなかった!
※ブロードウェイの制作費の相場は1,200〜1,500万ドルといわれています。
ミュージカル『スポンジ・ボブ』に足りないものがあるとすれば、それは満員の客席。もしニューヨークに行かれる方がいたら是非観てください。私はオープニングで完全に心を掴まれ、最後はスタンディングオベーションせずにはいられませんでした。きっとBEST DAY EVERが待っています!