Once, not long ago, a group of musicians came to Israel from Egypt. You probably didn’t hear about it. It wasn’t very important.
そう遠くない昔、エジプトからイスラエルに音楽隊がやってきた。あなたは知らなかっただろう。大したことではなかった。
新作ミュージカルが例年に比べて少なかったブロードウェイの2017-2018シーズン。しかし、数少ない作品の中に、今までに観たどのミュージカルにもない味わいを持った作品がありました。2007年のイスラエル映画をベースにした『バンズ・ヴィジット(迷子の警察音楽隊)』(原題:The Band’s Visit)。前シーズンにオフ・ブロードウェイで上演して好評を得て、2017年11月にブロードウェイで開幕した作品です。
エジプトからイスラエルに派遣されたアレクサンドリア警察音楽隊の8人が目的地と違う町へ行ってしまい、そこで一夜を過ごすという大変シンプルなストーリー。
物語は警察音楽隊がイスラエルの空港に着いたところから始まります。彼らはペタハ・ティクヴァ(Petah Tikvah)という町に行くつもりが、「言葉の壁」に阻まれて、よく似た名前のベイト・ハティクヴァ(Bet Hatikva)という田舎町へ。その日はもうペタハ・ティクヴァ行きのバスがないため、カフェをやっているディナという女性と従業員たちの家に分かれて泊まることに。そして分かれた先々で警察隊のメンバーと地元の人との間に音楽を通して心の交流が生まれます。人と人とのつながりや愛を感じる話です。
舞台版のプロデューサーは、映画を観て「素晴らしい舞台になる!」と確信したそうですが、当初、映画の脚本家&監督のエラン・コリリンに話を持っていったところ、彼には全くその気がなくて、「絶対上手くいかないね。僕が知ってるミュージカルは『キャッツ』だけ〜」と冗談半分に追い返されたそう。粘り強く説得してようやくお許しが出たのだとか。
ミュージカル『バンズ・ヴィジット』はとても変わった作品です。
こぢんまり
繊細
音楽的
大人向け
そして、ユーモアに満ちている。
観客は舞台上の登場人物のやり取りを90分間じっと観察することが求められます。「観客を圧倒する」という発想がなく、「見たければどうぞ」みたいなノリ。(笑)淡々と進行する物語を客席は辛抱強く見守るのです。でも、全然苦痛じゃない。あっという間にどこか別世界へ連れて行かれたような気分になり、ちょっとした台詞や沈黙、さらには音楽が鳴り出すだけで、笑えたりぐっときたりする。
キャストも「観客に媚びたり、観客を笑わせようという気持ちでやったりすると失敗する」ということをよくわかっており、それぞれの役に没頭するように演じているのが印象的。特に主演女優のカトリーナ・レンク(ディナ役)の出過ぎず、それでいて魅力的な在り方が素晴らしかったです。ミュージカルだけでなくプレイでも活躍してきた人なので、間の取り方などが見事でした。
この作品は脚本、楽曲、セット、バンドなど、すべての要素が本当によく機能しているといえる作品です。
例えば2曲目の Waiting はベイト・ハティクヴァの住人がこの町がいかに暇であるかを歌う曲。
Sometimes it feels like we’re moving in a circle
Around and around with the same scenery going by
僕たちは円を描いているように感じることがある
何度も 何度も 同じ景色が通りすぎていく
という曲に合わせて、舞台上ではやる気のなさそうな住人を乗せたターンテーブル(盆)がくるくると回っています。登場人物の境遇に曲調、歌詞、さらに舞台装置までもが見事にマッチしていて、「なんだこのセンスは?!」と笑わずにはいられませんでした。
『バンズ・ヴィジット』には異国の風が吹いています。エキゾチックな音楽と拙い英語。登場人物は全編通してアラビア系またはヘブライ系アクセントの英語を喋ります。慣れない言葉でのコミュニケーションを経験したことがある人なら、独特な言葉の選び方や絶妙な間に癒やされるはず。
1幕完結という作り、異国の地からやって来た人たちを突然受け入れるという展開、ヒューマニティーを描く・・・・・・。そこまでは昨シーズンに開幕して今も高い人気を誇っている『カム・フロム・アウェイ』という作品に似ているのですが、両者はトーンも見せ方も何もかもが異なる作品。『カム・フロム・アウェイ』が9.11という非常事態に関わる出来事をスピード感を持って描いたジェットコースターのような作品であるのに対し、『バンズ・ヴィジット』は日常的な一コマ一コマを鋭く捕らえた味わい深い作品です。
どちらもまったく異なる経験をさせてくれる素晴らしい作品ですが、やはり『バンズ・ヴィジット』が長けていると思うのが音楽の在り方。ビッグ・ナンバーを1幕ラストや終盤に持ってきたり、アンサンブルナンバーを適度な間隔で入れたりといった気遣いは一切なし。主演男優がわずか1分ほどしか歌わない。作曲家のデヴィッド・ヤズベック本人曰く、「ミュージカルの法則を完全に破って、観客のためではなく登場人物のために曲を書く」ということに挑戦しています。
また、ブロードウェイで中東という場所や文化がフィーチャーされている点もとても珍しく、中東系アメリカ人のキャストはこの作品をとても誇りに思っている様子。
『バンズ・ヴィジット』は日本のホリプロが共同プロデューサーを務めている作品。日本でも上演する計画があるかもしれません。
「トニー賞作品賞」の肩書きは手に入ると思いますが、繊細な作品であるだけに、他国で他言語で上演して同じように高評価を得られるかは、ローカライズの腕にかかっていると思います。異文化や異文化間のコミュニケーションをどう表現するのか、あの空気感が出せるのか、どんな規模の劇場でやるのか、日本人の感性にどうマッチするのか・・・・・・。
最後にこの作品をこれから観るかもしれない方へ。この作品はオフ・ブロードウェイ発であることからもわかるように、できれば近くで観たほうがいいです。私は普段どちらかというと「近すぎるくらいなら少し遠い席のほうが好き」というタイプの人ですが、そんな私がオーケストラ席(1階席)の最前列と最後列の両方から観て、「この作品は遠いより近いほうがいい!」と思いました。それくらい微妙なニュアンスが重要な作品。
また、超ロングランできるタイプの作品ではないので、ブロードウェイで観ようと思っている方は、早めに観ておいたほうがいいかも。
英語力はあったほうが楽しめる作品なので、会話がある程度聞き取れそうか動画などで雰囲気をチェックしてみるといいと思います。アクセント英語を聞き慣れていないと違和感を感じるかもしれませんが、他の作品と比べると皆ゆっくりハッキリ平易な言葉で喋るので、意外と聞き取れるかも。
是非、英語というインターナショナルな言語でこの作品の魅力を存分に味わってください。