アメリカでも日本でも大ヒットしたディズニー映画『アナと雪の女王』(原題:Frozen)のミュージカルが2018年3月22日にブロードウェイのセント・ジェームズ劇場で開幕しました。正式オープン後に見てきたので感想をレポします。
ミュージカル『アナと雪の女王』は休憩を入れて2時間20分。一般的な作品と比べると気持ち短めです。ディズニーの大ヒット映画のミュージカル版ということもあって、劇場には子どももたくさん来ています。プリンセスの服を着ている子や、買ってもらったグッズを嬉しそうに抱えている子も見かけました。
しかし、ミュージカル『アナと雪の女王』は子どもっぽいかというと、全然そんなことはありませんでした。早替えや特殊効果が満載でスペクタクルなミュージカルであろうとしている一方で、映画よりずっとダークです。それは色彩的にもストーリーの展開的にもいえます。
あらすじは一部のシーンの順番を入れ替えている以外は映画と大きく変わりません。しかし、映画にあったアドベンチャー要素が舞台版にはあまり残っておらず、スリリングさや躍動感は半減。恐らく舞台化するのが困難なシーンが多かったのでしょう。
その代わりに何に時間を割いているのかというと、アナとエルサの苦悩や葛藤を掘り下げようとしています。
例えば2幕後半。エルサは Monster という曲で「自分がいなかったら世界はちがったか?」と問い、アナは凍え死にそうになりながら True Love という曲で愛について考えます。どちらも舞台版での追加曲ですが、子どもが喜びそうなナンバーではないと思いました。
観終わった後の感覚としては、「2時間かかって姉妹が幸せになった」といったところ。
こんな風に感じたのは自分だけかと不安に思って調べてみると、現地の評論家の中にも “dark” という言葉を使っている人が何人かいて、出演者もインタビューで「子ども以外の客層を意識して(映画よりも)ダークに作ってある」と言っていました。上手くいったかは疑問ですが・・・・・・。
楽曲は映画から持ってきた7曲と新たに加えられた12曲で構成。作詞・作曲は映画と同じクリスティン・アンダーソン・ロペス&ロバート・ロペスです。
いいなと思う曲はほぼ例外なく映画から持ってきた曲。序盤の「雪だるまつくろう」や1幕ラストの「レット・イット・ゴー」は舞台で聞いてもやっぱり良かったです。
追加曲に関しては、映画の制作時からアイディアとしては存在した曲もあれば、完全に新しく書かれた曲もあるそう。個人的には何度も聞きたくなるような曲が少なくて、2時間20分を埋めるためにいろいろと苦労したのかも・・・・・・と想像してしまいました。
ちなみに、今回のミュージカル『アナと雪の女王』のキャストレコーディングCDは実際のオーケストラの2倍以上の人数で収録しているので、かなり豪華に聞こえると思います(ブロードウェイの劇場では21人で演奏していますが収録は44人!)。
キャストに関しては、主にアナとエルサが頑張って上手くまとめていました。ブロードウェイオリジナルキャストはパティ・ミュリンとケイシー・レヴィ。トライアウト公演にて、アナとエルサの両方が舞台上からいなくなると観客が退屈してしまうという結論に至ったらしく、全編を通してアナかエルサのどちらか(または両方)を極力舞台に出すようにしています。
アナ役のパティ・ミュリンはアナを演るために生まれてきたのではないかと思うくらいキャラクターにぴったり。溌剌とした親しみの持てるアナでした。キャストレコーディングCDよりも劇場で見たときのほうが生き生きとしていてずっと良かったと思います。
エルサ役のケイシー・レヴィは、怒り狂った感じではなく、不安と戦う繊細なエルサを演じていました。優しさと温かさが滲み出る役作りだったと思います。個人的にはウィッグが大きすぎてちょっと似合っていないような気がしたのですが、ディズニーがOKを出したのだから多分あれでよいのでしょう。
2人の相性がいいなーと思っていたら、ディズニーはキャスティングの段階で色々な組み合わせを試して、アナとエルサの相性をしっかりと見極めていたようです。エルサ役のケイシーが先に決まって、パティのアナと合わせたらすぐに息が合ったそう。大人のアナとエルサはストーリー上はほぼ別々の道を歩むのでデュエットがあまりないのが残念ですが、ふとした瞬間に姉妹の絆と愛の深さを感じるコンビでした。
なお、トニー賞をはじめとする各種賞では、2人とも主演女優部門で選考されていましたが、舞台上にいる時間が長いのはアナです。エルサは舞台にいない時間が意外と多くてあまり主演っぽくありませんが、ゴージャスな衣装を着たり、「レット・イット・ゴー」で1幕のラストを締めたり、美味しいところを持っていきます。
クリストフとハンスも含め、その他のキャラクターは姉妹の物語を支えるために存在しています。アナとエルサで忙しい作品なのでなかなか印象に残りにくいのですが、クリストフ役のジェラニ・アラジンは好演でした。
あと、ディズニーお得意の人間ではないキャラクター。雪だるまのオラフは『ライオンキング』に出てくるティモンのような「人+パペット」の形式。一方、クリストフが連れているトナカイのスヴェンは外から人が全く見えません。4本足で歩いていますが、中に入っているのは1人だそう。大好評のスヴェンはあまりに大変なので、1週間のうち何公演かずつに分けて2人で回しているようです。この2人(2匹?)は出てきただけで拍手をもらっていました。
なお、アナとエルサに関しては、映画と同様に「雪だるまつくろう」の途中までは子役が演じます。ブロードウェイ公演のヤング・エルサとヤング・アナは2名ずつキャスティングされていて2組で回しているのですが、開幕早々に1組が卒業したようで、私は偶然にも新コンビのデビュー回を見ることに。
ヤング・アナは台詞も歌もそこそこあって、何より飛んだり跳ねたり常に駆け回っていて忙しそうな役。私が見たのはゾーイ・グリックでしたが、とびきりの笑顔と元気でやりきっていました。自転車に乗るシーンであっちやこっちへ曲がってしまうのはご愛嬌。あの狭そうな舞台で円を描くように乗るのはかなり難しいよね〜。ちなみにヤング・アナ役はトロールのちびっことして「愛さえあれば」のシーンにも出番があります。
ヤング・エルサは控えめな性格もあって、ヤング・アナと比べると台詞も歌も少ないように見えるし、実際に少ないのだけれど、何といっても未来の女王様。私が見たのは元マチルダ役のミミ・ライダー。立っているだけで気品があって、初日から完璧。優しさや賢さが大人になったときのケイシーのエルサと繋がっていました。彼女を見ることができたのは嬉しいサプライズ。
舞台美術と特殊効果やはりミュージカル版『アナ雪』の最大の見どころの一つ。
まず、色調については、物語の多くが凍り付いたアレンデールと雪山で進行するため、当然のことながら寒色系が多く、サバンナやアグラバーやカラフルな魚がいる海の底とはかなり系統が異なります。完全にノルディック調です。
衣装に関してはエルサが着るものはどれも綺麗。舞台上での早替えもあります。エルサ以外は防寒着とかトロール(岩)とかそんな感じの衣装が多いので、エルサの衣装がひときわ映えます。
氷の表現に関しては、図画工作のような場面から最先端の映像技術を駆使したと思われる場面までいろいろあり、初見で「おぉっ!」と思う瞬間が多々ありました。
私がいちばん素敵だと思ったのはエルサのお城の中。シンプルですが、舞台ならではの表現でとてもよかったなぁ。プロモーション動画を見るとわかりますが、天井から無数のクリスタルビーズが吊されて、雪の結晶が描かれたカーテンのようになっています。
プロジェクションに関しては、舞台の枠外の天井方向やボックス席にも投影されるシーンがあるので、もし観に行かれる方がいらっしゃったら少し慎重に座席を選ぶとよいと思います。私はフロントメザニン(2階席前方)から観劇したので舞台の枠の外に投影されるプロジェクションも含めて綺麗に見えましたが、例えばオーケストラ席(1階席)の後方は、プロジェクションの一部が頭上のメザニン席(2階席)の出っ張りで見切れてしまうと思います。
今回、エルサのフリージングパワーに色々な工夫があったけれど、一つ一つのマジックがすごいことと効果的であることは別なのだということを感じました。これだけ力が入っているのにトニー賞の装置デザインや照明デザイン部門のノミネートがないって・・・・・・。
映画が特大級のヒットだっただけに、ミュージカルではいろいろと苦労した様子の『アナと雪の女王』。期待値が高くて、本当に大変だったんだろうなと思います。演出家が途中で交代したり、トライアウトでの劇評がパッとしなかったり・・・・・・。
トニー賞では新作不足なシーズンに開幕したのが幸いして、作品賞、楽曲賞、脚本賞の3部門にノミネートされましたが、アクティング系部門と装置デザインや照明デザインなどのテクニカル系部門はノミネートなし。受賞は恐らくゼロだと思います。
個人的にも、観て後悔したということはないけれど、もっと気に入りたかったというのが本音です。特殊効果と早替えと「レット・イット・ゴー」に拍手はしたものの、舞台版『アナと雪の女王』の世界がどうもはっきりせず、ピンとこないまま帰ってきてしまって少し残念でした。ただ、出演者がインタビューで「ヤングアダルト層の反応がよい」的なことを言っていたので、見る人の好みや期待することによって変わるのかもしれません。
今のところは満席に近い状態で上演していますが、チケットを入手することは難しくないので、興味がある人は行ってみてください。こちらの公式販売ルートのTicketmasterで座席を選んで買うことができます。