今シーズンの個人的なイチオシ。オープニングから最後まで100分間、ノンストップで食い入るように観ていました。ラストのシーンが終わろうとしたとき、集中していた観客が飛び上がるように立って、拍手と歓声が湧き上がった。バンドが送り出しの曲を演奏する間もみんな動こうとしない。もっと観ていたかった。客席中が同じ気持ちだったんじゃないかな・・。舞台が好きでよかったと思う瞬間をまた一つ経験できました。
以前こちらであらすじと見どころを紹介しましたが、『カム・フロム・アウェイ』は、2001年の9.11同時多発テロが起きた際に、緊急着陸を余儀なくされた飛行機と乗客・乗員を受け入れたカナダのガンダーという町の数日間を綴った作品です。
劇評も概ね好意的。それ以上に実際に観た人の口コミが強くてあっという間に評判が広まり、数週間後にはチケット入手困難な作品に。「私たちはこういう作品を必要としていた」という風に受け入れられました。私も実際にこの作品とこの作品に対する観客の反応を見て、「人は善に感動する」ということを目の当たりにしたような気がします。トニー賞7部門ノミネート。
理屈抜きに感動してしまったので、感想を・・といっても上手く説明できないかもしれませんが、思うことをメモしておきたいと思います。
「知ってよかった」と思えるストーリー。昨今の世界情勢においては、特にそう感じるはず。私なんぞの言葉では上手く表現できないので、カナダのジャスティン・トルドー首相が観劇したときの言葉を拝借。
The world gets to see what it is to lean on each other and be there for each other through the darkest times.
一番辛いときに頼り合いお互いのために存在するとはどういうことなのかを世界に対して示している。
「難民としてのアメリカ人」という貴重な視点。『カム・フロム・アウェイ』はガンダーの人々の優しさを全面に押し出した作品ですが、その中に普段中々見ることのない「難民としてのアメリカ人」の姿が描かれています。普段は受け入れる側だと思っていても、惨事の時には受け入れてもらう側になるかもしれない・・。そのことに自然と気付かされるのではないかと思います。
涙も流れるし笑みもこぼれる。『カム・フロム・アウェイ』にはたくさんの人間らしい要素が詰まっています。不安、緊張、混乱、思いやり、優しさ、悲しみ、無力さ、出会い、別れも・・。はっとするような瞬間や悲しい現実を突き付けられるシーンもありますが、全体としてのトーンが上手くコントロールされているので、すべてが終わったときには前向きでとても満たされた気持ちになりました。暗い話ではないので安心してください。
スピード感。『カム・フロム・アウェイ』にはジェットコースターのような流れがあります。走り出したら最後まで止まることなく進んでいく。それはもしかすると、この一連の出来事が起こったときの状況に似ているのかもしれません。突然の非常事態。飛行機と乗客は次々とやってくる。ガンダーの人々は数日間寝る間も惜しんで精一杯難民たちのために尽くし、数日後には彼らが飛び立っていくのを見送った。そんな濃厚な時間を体験することができました。
自由でスピーディな場面遷移。『カム・フロム・アウェイ』には大がかりなセットが一切ありません。ほぼ椅子とテーブルだけ。その身軽さが自由な発想とスピーディーな進行を可能にしているともいえます。例えば、パイロットの無線通信が飛び交うシーンから、ある機体の客席へと一瞬で場面が切り替わる。一秒前までパイロットを演じていたキャストが、今度は目の前に乗客として座っているのです。ここは照明を上手く使った場面転換でしたが、こういうアイディアには本当にドキッとします。
何百人もの登場人物を演じ分ける12人のキャスト。しかも、衣装替えはほとんどなく、小道具、ナレーション、演技、そしてアクセントの使い分けでそれをやってのけます。絶え間なく役が入れ替わっているのに、不思議とガンダーの住民はガンダーの住民に、乗客は乗客に見えて、誰が誰かわからなくなることがありませんでした。ちなみにキャストが使い分けているアクセントは、ガンダー、ニューヨーク、テキサス、イギリス、中東など。よく混乱しないな・・と驚きます。
真のアンサンブル作品。主役はなし。よってトニー賞の主演男優賞と主演女優賞の選考対象者もなし。プレイビルでもカーテンコールの並びでも本当にみんな平等でした。どの役にもそれぞれ個性と見せ場があって、全員の顔をはっきりと思い出せます。よく見ると歌唱要員的な人が何人かいますが、上手く役割を配分してバランスが崩れないように作ってあると思いました。助演女優賞にノミネートされているパイロット役のジェン・コレッラ(Jenn Colella)がいちばん役っぽい役を演じていますが、彼女もあくまでソロナンバーがくっついたアンサンブルです。
社会性と責任感。ガンダーの人々に敬意を払って作られた作品だと思います。脚本・作詞・作曲を手掛けたカナダ人のアイリーン・サンコフとデヴィッド・ハインは現地に出向いて熱心な聞き込みやリサーチを行っており、キャストもそれぞれが演じる役のモデルになった人たちに会いに行っています。ブロードウェイ公演が始まる前にはガンダーでコンサートを開いて地元の人々を招待するという粋な計らいも。そのコンサートで、 “Welcome to the Rock” というオープニング曲を歌ったとき、 “I’m an islander” という歌詞を聞いたガンダーの人々は喜びと誇りで立ち上がったそうです。インタビューでジェン・コレッラが「あれ以来 “I’m an islander” と歌う度にそのときの光景やガンダーの人々の顔が浮かぶ。この歌詞の重みが変わった」と話していました。偶然ですが、私が観劇した日、2幕の “Screech In” で客席で大きな手拍子と旗を振っている団体がいました。後で聞いた話によると、9.11のときにガンダーにお世話になった人々が恩返しとして始めた奨学金関係の子どもたちだったようです。社会との良いつながりを持った作品なので、とても好印象です。
最後に少しだけ冷静にコメントを。『カム・フロム・アウェイ』は個人的にはとても好みのテイストの作品でしたが、ミュージカルとしてベストクオリティーかと言われると、多少疑問なところはあります。楽曲が飛び抜けて素晴らしいとか、舞台技術が優れているとか、そういう感じではない。ユニークな作り方と、題材になった出来事そのものの素晴らしさがいちばん効いているのかなと思います。ちなみに、この作品を楽しむにはストーリーにある程度ついていく必要があるので、英語に自信がない方は予習か復習で理解を補うことをおすすめします。完全な全編歌唱ミュージカルではありませんが、CDに入っている楽曲とナレーションを理解するだけで8〜9割くらいの内容はカバーできます。
キャストもクリエイティブもみんな言っていますが、数年前にプロジェクトが始まったとき、この作品がブロードウェイで上演されることになるとは誰も思っていなかったそうです。そういう作品がブロードウェイにたどり着いて世界中の人々に届くところを見ると、ブロードウェイの力ってすごいな・・と改めて思います。少し前から既に決まっていたトロントでの再演に加え、トニー賞授賞式の日を待たずに米国国内ツアーも発表になりました。
トニー賞で少しでも受賞の可能性がありそうなのは、作品賞、脚本賞、演出賞、助演女優賞あたり。本命とは言われなくても、予想・期待している人はいますね。でも、獲れなくても十分しばらくやっていけそうだし、7部門にノミネートされた時点で関係者たちはとても喜んでいるようだったので、拘らなくてもよい感じです。
2016〜2017年シーズンのブロードウェイ感想一覧はこちらへ。